気づいたらずっとスマホを見ていたのに、 「今日なに見てたっけ?」と思う日が増えていました。
情報はたくさん浴びているのに、なぜか何も残らない。
そんな毎日から少し離れてみたら、夜の時間がゆっくり戻ってきた気がします。
情報を減らしたら、夜がちゃんと長くなった
気づいたら、
ずっとスマホを見ていました。
- YouTubeを開く
- SNSを見る
- ショート動画を流す
- また別の動画を見る
「少しだけ」のつもりなのに、気づけば1時間、2時間と過ぎている。
しかも、どれも“面白かったはず”なのに、
寝る前になると 「今日なに見てたっけ?」 と、ふと空白が残る。
情報はたくさん浴びているのに、なぜか何も残らない。
そのくせ、頭の中はずっとざわざわしている。
以前の自分は、 “暇を埋めるためにスマホを見る” というより、
“スマホを見ていないと落ち着かない” に近い状態だったんだと思います。
でも、なんとなく流し見する時間を減らしてみたら、 夜の時間がゆっくり戻ってきたような感覚がありました。
スマホだけでなく、動画やサブスクでも「選び続ける疲れ」が起きていました。
そのときの気づきをまとめた話もあります。
→ “選ぶものが増えると疲れる”と気づいた話
情報が多すぎると、休んだ感じがしなかった
今って、何もしなくても情報が入ってきます。
SNSを開けば次々流れてくるし、
ショート動画は終わりがない。
しかも、どれも短くて刺激が強い。
気づくと、
「次は?」
「次は?」
と、ずっと見続けてしまう。
面白いはずなのに、見終わったあとに残るのは “なんとなく疲れた感覚”。
休憩していたつもりなのに、 実際はずっと頭が働き続けていたんだと思います。
特に寝る前のスマホは、 「今日も何か見なきゃ」
みたいな謎の義務感すらあって、 気づけば眠る直前まで画面を見ていました。
でも、そういう夜って、
布団に入ってもなかなか“休まる感じ”が来ないんですよね。
チューナーレステレビにしてから、“流れてくる情報”が減った
自分の生活が少し変わったきっかけは、チューナーレステレビでした。
最初は、
「地上波をほとんど見てないし、これで十分かも」
くらいの軽い理由です。
でも実際に使ってみると、思った以上に快適でした。
一番大きかったのは、“勝手に情報が流れてこなくなったこと” 。
以前は、なんとなくテレビをつけて、
そのままニュースやバラエティを流していました。
見ているというより、
「部屋のBGMとして情報が流れ続けている」 に近い状態。
でもチューナーレステレビにしてからは、
自分で選ばないと何も始まりません。
- YouTubeを見る。
- Netflixを見る。
- 見ない。
全部、自分で決める。
この“自分で選ぶ”という行為が、
思った以上に心を落ち着かせてくれました。
テレビの“なんとなく流し見”をやめたことで、部屋の静けさが戻ってきた話も書いています。
→ 「なんとなくテレビを見る」をやめたら、部屋が快適になった
「何か流しておく」が減ると、部屋が静かになる
以前は、無音が少し苦手でした。
何かしら流していないと落ち着かない。
テレビ。
動画。
ラジオ。
ショート動画。
とにかく何かを流していました。
でも最近は、
何も流していない時間が増えました。
最初は少し暇に感じたんですが、
慣れると逆でした。
静かな方が、ちゃんと休める。
コーヒーを飲むだけの時間とか、
ぼーっとしている時間とか。
そういう“何もしない時間”があると、
頭の中が少し整理される感じがあります。
昔は、
「何もしない時間=もったいない」
と思っていました。
でも今は、
「何もしない時間も必要だったんだな」
と思うようになりました。
“何もしない時間”の心地よさについては、別の記事でも書いています。
→ 「何もしない時間」が増えたら、部屋でちゃんと休めるようになった話
“全部見る”をやめたら、かなり楽になった
昔は、
話題のアニメ。
流行っている動画。
新作ドラマ。
SNSのトレンド。
全部追わないといけない気がしていました。
でも、実際は全部見るなんて無理なんですよね。
途中から、
「別に全部知らなくても困らないか」
と思うようになりました。
すると、かなり楽でした。
おすすめ欄に流されるまま見るより、
本当に見たいものだけ見る。
それだけで、「情報に追いかけられている感じ」が減っていきました。
情報を増やすより、減らした方が楽になることもある
以前の自分は、
便利なものが増えれば、もっと快適になると思っていました。
でも実際は、
選択肢が増えすぎると疲れることもある。
情報が多すぎると、落ち着かないこともある。
最近は、 “足す”より“減らす”の方が生活が整うこともある と感じています。
- 大きすぎるテレビはいらない。
- 最強スペックもいらない。
- 常に情報を追い続けなくてもいい。
自分にとって「ちょうどいい」があるだけで、
部屋で過ごす時間はかなり楽になります。
情報だけでなく、物を減らしたときにも「楽になる感覚」がありました。
→ 物を減らしたら、“探す時間”まで減っていた話
まとめ
昔は、 “何か見ていないと時間がもったいない” そんな気持ちがどこかにありました。
でも今は、
何も流れていない静かな部屋のほうが、 ゆっくり呼吸できて、ちゃんと休める気がしています。
情報を増やすより、 少し減らした方が楽になることもある。
追いかけるものを減らすと、
夜の時間が長く感じられたり、
頭の中に余白が戻ってきたり、
今日、ちゃんと休めたな」と思える瞬間が増えていきました。
このブログでは、
そんな“がんばりすぎない、ちょうどいい暮らし”を これからも少しずつ書いていこうと思います。
無理に最適化しなくても、
全部を追わなくても、
自分にとって心地よいペースがあれば十分。
そのペースを見つけるヒントになれば嬉しいです。
情報との距離を少し変えるだけで、暮らしの疲れ方が変わりました。
次は、こちらの話が参考になるかもしれません。
→ サブスク疲れの正体は、“選びすぎ”だった話
→ 休日に何もしない日を作ったら、意外と満足度が高かった話